たびのあとさき

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国家観・歴史観でも韓国憲法と相容れなかった朴槿恵大統領(1)

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「朴大統領は憲法違反を犯した」

朴槿恵大統領に対する弾劾訴追案が先日(12月9日)、必要数の3分の2を優に超える賛成を得て、国会で可決されました。

崔順実による国政介入疑惑については、日本のテレビなどでも詳細に報じられているようです。筆者ももちろん、特別検察の捜査で疑惑の全貌が明らかになることを期待している一人です。

一方、スキャンダルを面白可笑しく取り上げて、この疑惑の本質を見落とさないようにしなければなりません。重要なのは、朴大統領が憲法をないがしろにし、憲政を破壊したとみなされていることです。今回の疑惑が、単なる汚職事件と決定的に異なる点です。

可決された訴追案にも、朴大統領が広範囲かつ重大な憲法及び法律違反を犯したと明記されています。

(弾劾訴追案全文(ハンギョレ新聞・韓国語)[전문] 대통령(박근혜) 탄핵소추안 제안설명 : 정치일반 : 정치 : 뉴스 : 한겨레

 

疑惑発覚で一変した韓国社会の風景

以前から一部報道により、その影が見え隠れしていた崔順実という疑惑の火薬庫。それが「演説文手直し」の物証が出てきたことをきっかけに、大爆発を起こしました。転機となったのは10月24日。崔順実のタブレットPCを入手したケーブルテレビ局のJTBCが、そこに残っていた文書をスモーキングガン(決定的証拠)として報じたのです。これにより、2014年3月に独ドレスデンで朴大統領が行った演説の原稿をはじめとする重要書類が、事前に外部へ漏れていたことが分かりました。

筆者もニュースに釘付けになりました。これはただ事ではないぞと思いました。

直前まで、大統領府秘書室長は「封建時代にすらありえなかったこと(そんなことがあるはずがない)」とし、一蹴していました。ですが実際には、噂されていたその通りのことが起きていたのです。

本来何の権限も無い民間人であるはずの「大統領の古くからの友人」が、重要な演説文を事前に入手し、手直しまでしていた。憲法に定めた国のシステムを超えて大統領を操る、影の実力者が暗躍していたのです。その後、信じられないほどの不正の数々が芋づる式に明るみになっていきました。その拡大は今もって、終わりが見えない状況です。

タブレットPCについての報道があった翌日の10月25日、朴大統領は最初の「談話」を発表しました。しかしその内容は、かえって火に油を注ぐものでした。

国民の怒りが沸点に達するのに時間はかかりませんでした。韓国社会の風景が変わった、とでも言えばよいでしょうか。大統領を糾弾する声、「これが国か!」との叫びが巻き起こり、街の色を染め変えてしまいました。

「不満は多くとも、今や民主主義国家としてそれなりの段階には達したものと信じていた。でもそれは幻だった。『我らの国』大韓民国の姿が、ガラガラと音を立てて崩れた気がした」

デモに繰り出した市民から、このような憤りと失望の声を数多く耳にしました。

 

 

YOSHIKATA Vekiさん(@tabisaki)が投稿した写真 -

 

「大統領を引きずり下ろそう」、その根拠は憲法

まるで空が落ちてきたような大きな失望。それは「憲法をないがしろにした大統領を引きずり下ろすのは、国民の権利だ」との信念に変わりました。

その根拠は、大韓民国憲法の第一条二項にある「大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民より出る」という、国民に広く知られている一節です。

 

http://cfile2.uf.tistory.com/image/16714A024B808AF8658475

MBCの人気番組『無限挑戦』2010年2月20日放送分で、第一条二項が読み上げられるシーン

 

いきおい、集会では、憲法の条文や前文を引き合いに出しての熱い主張が、歓声をもって受け入れられるようになりました。

個人的に圧巻だと思ったのが、人気TV司会者、金済東(キム・ジェドン)が各地で繰り広げているスピーチでした。金済東はもともと政治的発言が多く、それが元でテレビから干されたこともある人物。その暇な時期を逆手に取ってさらに勉強し、政治主張に磨きをかけましたと言われています。社会運動派タレントとでも言えば良いでしょうか。当然、好き嫌いは分かれます。

日本の芸能界では、全く見当たらないタイプのタレントでしょう。

 

「路上の法律家」・金済東が説く憲法精神とは

筆者が選ぶ、金済東のスピーチのハイライトがこれです。韓国語がわからない人でも雰囲気はつかめると思いますので、できればリンクの動画も合わせて見てください。

 

・12月4日、大田(テジョン)での集会でのスピーチから

대전만민공동회 (2016.12.04) - YouTube 

 

(13:10~)

「政治家や専門家の中には、『街に出た民衆の声は、統制力を持つものではなく、単に感情をぶちまけるだけだ』と言う人もいます。

そんなことはありません。

また『憲法の精神に反している』と言う人もいます。

しかし私は、こうやって広場に集まっている皆さんの姿こそが、憲法の精神だと思います。

なぜなら、我々の憲法の前文にはこう書いてあるからです」

 

こう前置きした後で、憲法前文をよどみなく、そらんじます。

(13:30~)

「悠久な歴史と伝統に輝く我々大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し、祖国の民主改革と平和的統一の使命に即して正義、人道と同胞愛を基礎に民族の団結を強固にし、全ての社会的弊習と不義を打破し、自律と調和を土台とした自由民主的基本秩序をより確固にし、政治・経済・社会・文化のすべての領域に於いて各人の機会を均等にし、能力を最高に発揮なされ、自由と権利による責任と義務を果すようにし、国内では国民生活の均等な向上を期し、外交では恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することで我々と我々の子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを確認する」

(訳文はウィキペディアより改変。本人の語りと若干のズレがあります)

 

憲法の前文を丸々聞かされ、聴衆が歓声を上げるというのも、すごい話です。

続けて、金済東は次のように主張しました。前文から分かるように、「憲法精神」は「不義に抗拒」することにあるのであり、今や朴槿恵は「不義」であることがはっきりした、それに抗拒する国民こそ「正義」である、と。

その上で、伝家の宝刀、憲法第一条の「大韓民国の主権は国民にあり、全ての権力は国民より出る」を高らかにうたいあげるのです。

 

 

 

弾劾案評決の前夜、国会議事堂前にて、金済東. #시국대토론 #탄핵 #김제동

YOSHIKATA Vekiさん(@tabisaki)が投稿した写真 -

 

現行韓国憲法に示された「憲法精神」のルーツ

ここで、先ほどの憲法前文の下線部分をもう一度見てください。

我々大韓国民は3・1運動で成立した大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19民主理念を継承し…

この部分は、現在の大韓民国が歴史上のどの組織・運動のどのような精神を継承しているのかを示しています。「憲法精神」のルーツが示されていると言っていいでしょう。

金済東がこの箇所を詠み上げるのを聞きながら、私は改めて、この憲法前文は朴大統領の歴史観と相容れない内容だなと思いました。

なぜでしょうか。

鍵は、朴大統領の父、朴正煕をめぐる評価です。詳細は後で触れますが、朴大統領にとって、父は、国を救った英雄そのものです。

ところが韓国社会の一部は、日本統治下でエリート軍人であった朴正煕に対し「親日派(日本による植民地支配に加担し反民族的行為を行った者)」との烙印を押してきました。実際、臨時政府の独立運動家たちが対日宣戦布告を試みた1941年末、朴正煕は「日帝軍人」としての教育を修めていた頃でした。

また時代をずっと下り、朴正煕が大統領の地位にあった約16年間は、目覚ましい経済成長を成し遂げた反面、暗い独裁の闇に覆われた期間でもありました。朴正煕の台頭(5·16軍事クーデター)自体、1960年に学生デモから始まった「4・19義挙」による民主化の芽を摘み取ってしまったと評されています。

朴大統領にとって、こうした父への批判は「歪曲された歴史」と映っていたようです。

そして、先ほど確認した憲法前文の部分もまた、朴大統領からしてみれば、そうした歴史観に近い、好ましからざる記述なのです。

 

その(2)に続く